短編小説【憂鬱ではない雨の日の朝】
お題【雨】【ブラシ】【ハンガー】
愛美は、サーッとした雨の音で目を覚ました。薄暗い部屋と、自然のラジオが心地よく、また眠りたくなってしまう。
なんて、最高の休日なの。温かい布団の中で今日の楽しみを考え、雨のなか会社に行かなくていいこの時間が、幸せすぎる。
「うきゃぁ、ああ」
愛美は布団の中でぐぅーっと体を縮める。嬉しさのあまり変な声がでる。
もぞもぞと、ベッドから体を起こすなり、愛美はカーテンを開けた。窓には、まだ眠そうな自分の姿が薄く映る。
今日の寝癖は中々芸術的かも。
愛美がふふと笑うと、そうだね。と答えるように、窓の自分がにっこり微笑み、スーッと窓からベッドの上へと移った。
愛美の黒く長い髪を一束、優しく持ち、そこにブラシを毛先から通していく。
くん、とたまに頭が後ろになりながら、愛美は問いかける。
「いつも雨の日に来るよね」
「うん、そうだよ」
「晴れの日は来ないの?」
「うん」
「そっか、残念」
サー、サー、雨の音と。スッ、スッ、髪を梳かす音と。
「ねぇ、あれ新しく買ったの?」
「ん、どれ?」
愛美は部屋を見渡す。
「あぁ、ハンガーのこと?」
「うん、可愛いね」
真っ白の木製のハンガー。そこにはお気に入りの洋服たちがかかっている。バラバラだったハンガーを統一したら、思いの外、見栄えがよくなった。
「洋服たちも嬉しそう」
「でしょ?私にしては良い買い物だった」
「ふふ、そうだね。...よし、きれいになったよ」
ありがとう、と振り返った愛美は眉を少し下げた。いつもそうだから仕方ないのだけど。
雨の日の朝はいつも、もう何年も前に亡くなった母が、当時、母が使っていたブラシを持って会いにきてくれる。
白い木製のハンガーにかけた洋服たちは、母に譲ってもらった物だ。
母の物に対して、何か物事を起こすと母の方から話しかけてくれる。そういうお呪いにでもかかっているのだろうか。
顔を合わせて話をすることもできないけれど、愛美は雨の日の朝が好きでたまらない。
雨とブラシとハンガー。