短編小説【夏】
お題【扇風機】【オレオ】【カーテン】
エアコンのない僕の部屋は、扇風機が主役だ。きっと扇風機の前を陣取る彼女は、僕よりも扇風機くんを選ぶのではないだろうか。そして秋になれば、また僕に乗り換えてくれるのだろう。
「あづいい~」
彼女は、扇風機を通して僕に不満を訴える。暑いよね、僕も暑いよ。扇風機の風は当たらないし、カーテンの隙間から微かに入ってくる風は生暖かくて、ほんと鬱陶しい。
「もうさ、カフェでも行こうよ」
さっきから、僕は出掛けることを提案しているのだけど、外は暑いから嫌だと彼女は繰り返す。この部屋も大概だと思うのだけど。
「なんか、冷たいもの飲もうよ」
「あー、牛乳ならあるけど」
冷蔵庫には、牛乳と、卵と、それから昨日セールで買ったキャベツ1玉。最近値上がりしているから、つい買ってしまったものだ。
一緒に冷蔵庫を覗き込む彼女はげんなりした顔をする。
「なにこの、全く魅力のない冷蔵庫!もっと、アイスとか!せめて、麦茶とか!夏っぽいものはないの!」
「夏っぽいものって...」
冷蔵庫に季節感を求めたことはないから、思いがけないクレームに、心がしょんぼりしてしまう。
確かに、彼女が遊びに来ると分かっていたら、アイスぐらいは買っていたかもしれない。だけど僕の予定では、今日は涼しいカフェにでも行ってお茶をしようと思っていたんだ。
「もぉー、そしたら、牛乳飲んでいい?」
「牛乳でいいなら。お菓子もあるけど、食べる?」
「なになに?」
さっきまで怒っていたように見えた彼女が、尻尾を振りだす。
「ポテチと...」
「おぉ!」
「あと、あ、オレオあるよ」
「はい、食べよー!」
牛乳にね、いれて食べよ!
そしたらカフェ気分でしょ?
テンションの上がった彼女はグラスに牛乳を注ぎ、オレオを二枚ずつ丁寧に入れる。
冷たい牛乳の中で、黒い物体が徐々にふやけていく。スプーンでつつくとプカプカ、生きているみたいで少し可愛いが、容赦なく潰していく。
そういえば、さっきは当たらなかった扇風機の風が僕にも当たる。どうやら、彼女が少し場所を譲ってくれたらしい。
そよそよと僕らの髪と一緒に、カーテンも揺れる。
オレオが混ざった牛乳は、カフェのようにおしゃれではないが、ほどよく甘く、火照った体を冷やしてくれる。
「暑いのも悪くないよね、冷たいものが美味しいし、体がそれで喜んでくれるもん」
「そうだね」
どうやら、僕らは簡単なことで喜べる体をしているらしい。悪くない、単純で。
扇風機とカーテンとオレオ。